東日本大震災のメモ

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2011年3月11日金曜日、私は中目黒の20階のオフィスでこの地震を経験した。
時間を正確に覚えていないが、14時50分ぐらいだったと思われる。

いつもの地震のようだったが、次第に横揺れが大きくなり、椅子に座っていても机をつかんでいないと、動いてしまうような状況になった。
最初は笑えるような状況だったが、ここまでくると数名の女の子の表情がこわばり、涙ぐみそうになっていた。
私も平気ではなかったが「このビルは新しいから大丈夫!まだまだ大丈夫!」と声をはった。
「本当?」と聞かれて一瞬心が折れそうになったが「平気、平気!目の前のもっと高いビルだってまだ平気じゃん」と言って指を指した。
顔もかなり作り笑顔だったと思うが、「やばい!」と言ったところでどうすることもできない。

揺れは3分程度続いた。
ビルが耐震構造であることはわかっていても、実際にこの揺れを体験すると本当に大丈夫なのかと不安になる。
不安というか恐怖だ。

その後、揺れが収まり、社員の安否確認がされた。
固定IP電話と3キャリア携帯は全滅だった。
しかし、インターネットは無事だった。
ツイッターで安否確認を行った。
16時頃には全社員の無事が確認された。

ニュースの一報でマグニチュード8以上であることを知った。
同時に仙台空港の様子が映像で入ってきて、これは大変なことになったと感じた。
その他にも情報が入ってきたが、地震発生直後の映像が尋常ではなかった。
テレビやラジオなどの報道機関、マスコミはどれだけはやく正確に情報を出せるかを競う組織なのに、1時間経過しても、2時間経過しても死者の情報が流れない。
車が津波に飲み込まれる映像が繰り返し流れ、被害に関しては曖昧な表現が多く、全然状況がわからない状態だった。
阪神淡路大震災のときよりもITなどの技術が遥かに進んでいるのに、全く情報が入ってこない。
1万人以上の死者と行方不明者がでることは簡単に予想できた。

私は妻の安否が確認できたので、家に帰ることに決めた。
人事部にこのような場合は家に帰ってはいけないなどの決まりがあるのかどうかを確認した。
そのような決まりはないが、エレベーターも動いていないし、ビルに残っている方が安全だと言われた。
しかし、私は明るい間に家に帰りたかったので帰ることにした。
20階から下へは避難訓練でしか使ったことのない階段を使った。
避難訓練の際は手ぶらだったが、荷物一式を持って階段を下るのは大変だった。
また、私が帰るという決断を下したのは、会社から徒歩12分で帰れる場所に住んでいるからである。

電車はストップ、道路は大渋滞だった。
家に帰るとガラスコップが割れたり、本棚から本が滑り落ちたりしていた。
しかし、予想以上に被害は少なかった。
明るいうちに危険物だけを処理して、しばし呆然とした。
テレビをつけてもいっこうに何が起きたのかわからない。
ニュース速報中にも地震速報が出て、その地震速報中にもあらたな地震速報が出る。
ツイッターやメールでは変な噂や嘘が流れている。
一度、あらゆる情報をシャットアウトして心を落ち着かせた。

2011年3月12日土曜日の朝、起きると非常階段を下りたときに足を痛めたらしく、ふくらはぎがパンパンになっていた。
とりあえずコンビニに朝ご飯を買いに出かけた。
しかし、カップ麺のようなものしかおいておらず、お弁当やパンなどはゼロだった。
お米は炊けばあったので、家でお米を炊いて、コンビニのキムチでお腹をみたした。

何もする気がしなかったのでビールを飲みながらニュースを見ていた。
11時頃に携帯電話がなった。
会社からの非常召集だった。
会社で何かできないかということになり、そのサイトを急遽作ってほしいという社長からの依頼だった。
アルコールを分解するために栄養ドリンクを飲んで会社へ向かった。
会社に向かう途中、デザイナーに連絡をとり、会社にきてもらえることになった。
僕はディレクターなので、ページの作成まではできない。

あらゆる人の協力を得て、4時間程度で2ページばかり作成することができた。
いち早く情報を公開して、少しでも誰かの役にたてればよいという一心だった。
集まったメンバーの全員が今、それぞれが持てる最大限の力を発揮して、すべきことをやった。
その後、また家に帰ってビールを飲み、お菓子をつまんだ。
テレビをつけると状況はさらに悪くなっている。
1万人では済まない、5万人ぐらいの犠牲者がでることも考えられた。

2011年3月13日、日曜日の朝はおだやかだった。
朝ご飯のバナナを食べ、午前11時頃にドンキホーテに買い物に出かけた。
しかし、レジには長蛇の列。
買う気が失せて近所のコンビニに寄った。
お弁当のようなものは若干増えたものの、保存が利くような食べ物が減っている。
原因は飲食店の臨時休業だと思われる。
今まで家であまり食べなかった人たちが、家で自炊するために買い込んでいるので、需要と供給のバランスが完全に崩壊したのだ。
私はとりあえず明日の朝に食べるものだけを確保してコンビニを出た。
現在、15時45分である。

生きている人が誰も経験したことのない地震、映画のような出来事が、今、実際におこっている。
震度7では計測できない威力だったと思う。
現在、マグニチュードは修正され、M9となっている。
これから半年、または1年間は東北の機能がストップすることは間違いないと思われる。
今までの常識が通用しない、数百年、数千年に1回の出来事が起こったのだ。
日本の食料地帯が崩壊してしまった以上、日本全国の家庭に影響がでることは間違いないだろう。

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