cafe100

カフェワンハンドレッド(Cafe100)という喫茶店&レストランがハワイ島にあります。
ツアーの中に含まれていなかったので行けませんでしたが、ロコモコがめちゃくちゃ旨いそうです。
ですがガイドさんは「味ではなく、その店名の由来に関してもみなさんに知ってもらいたいことがあります」と話し始めました。
店名には涙なしでは語れない由来があったのです。

第二次世界大戦の幕開けと言いますか、日米開戦のきっかけとなった真珠湾攻撃(日本1941年12月8日、ハワイ時間1941年12月7日)ですが、この日を境にハワイで白人と同等以上の権限を持っていた日系移民の人々は酷い仕打ちを受けるようになります。
財産没収やら強制収容やらいろいろあったみたいです。
強制収容したものの、収容人数が多すぎで扱いに困ったアメリカ政府は、日系人を収容している施設で志願兵を募集したそうです。
日系人の祖国はもちろん日本です。
米国はどうせ10人か20人程度だろうと思っていたのですが、1,500人以上もの志願があったそうです。
同じ祖先でも俺達の頭上に爆弾を落とすやつらなんか敵だ!
と言ってみんなで立ち上がったそうです。
その部隊は「第100部隊」と呼ばれたそうです。
ですが部隊は結成されたものの、なかなかアメリカの正規軍としては認められず、予備隊みたいな扱いを受けたそうです。

そんな第100部隊にもついに戦闘命令が下ります。
1944年10月24日にアメリカ軍211名(テキサス大隊)がドイツ兵に包囲されるという事態が起きました。
ドイツ兵の兵力があまりにも強く、正規軍を送るにはリスクが高すぎると軍本部は判断しました。
この包囲された211名は「失われた大隊」とまで呼ばれるようになり救出は絶望的でした。
ここで第100部隊の出番です。
正規軍ではないし日系人だし、全滅したところで誰も文句は言いません。
同じ日系人部隊の第442部隊と合流し、10月30日、大激戦の末ついにアメリカ軍の救出に成功しました。
後に「失われた大隊救出作戦」と呼ばれる名がつくほどの大激戦だったようです。
日系人の死傷者は800名を超えました。

しかし、救出後にテキサス大隊のバーンズ少佐が「ジャップ部隊に助けられたのか」と言ったため、一般兵士が「俺たちはアメリカ陸軍442部隊だ。言い直せ!」とぶん殴っという逸話が残っています。

そして、その生き残りの兵士がハワイ島に戻ってきた開店したのがこのカフェです。
ただ「カフェ」という名前も味気ないので「カフェ100」にしよう。
そう、cafe100の100は第100部隊の100なんですね。
さらに正確に言うと、ワンハンドレッドではなくて「ワンプカプカ」と呼びます。
1は「ワン」ですが、0(ゼロ)はハワイ語で「プカ」と言います。
穴もハワイ語で「プカ」と言います。
そんな由来があるCafe100、次回は是非とも行ってみたいです!